私にとっての施術者と“伝説”とは

いつも私のブログを読んでくださっている読者の皆様、こんにちは、こんばんは。

 

しばらく何もすることがなく、暇を持て余しているうっかりさんこと僧侶好きです。

 

さて、今回はだいぶ前の記事“アヴァベル関連の話題は打ち切り”と書いておりましたが、先日とあるフレンドさんと狩りに参ったときに施術の何たるか、そして私にとっての施術者について語りましたのでこちらでも少し語っていこうかと思いますです。

 

さて、まず始めに施術とは何かを語っていきますです。

 

私にとって“施術”とは、俗に云うところの“回復魔法”を指し、特に聖職者さん枠で信仰の力と癒し、救いたいと想う心で神の奇跡の神術を癒しの力に転換するもの、として捉えており、その力は自己を守るためでもあり他者を救うために行使するものだと私は思っておりますです。

 

自己を守るため、と申しますのもソロでの活動にてHP回復薬を使う必要がなくいつでもどこでも好きな時に使えるためMPがある限り無限に回復でき、また、それによりアイテムの制限や残りを気にすることなく手軽に使え、使い方次第ではスキルが封印されたりでもしない限りは自分の余裕がある時であればあらゆる状況にも対応できる万能なスキル系統でもありますので、私にとってはこれ以上使い勝手の良く場所や状況を選ばずに使え、更には使い手によって扱い方も1つだけではなく様々な用途にも使うことができるからです。

 

他者を救うため、と申しますのはHPという数値……その方の生命力を唯一“操作”することができ、ダメージによってなくなってしまった生命力を癒しの力で増やし、命を繋ぎ、数値的な面のみならずHPを回復することによって回復職がいるからHPの心配をしなくてもいい、といったような味方の精神的な面でのケアもできる、という観点でも様々な面でいろんな方の支援をすることができ、それができるのもHPの回復手段に特化している聖職者さん枠だからこその特権でもあり、魅力でもあり特徴でもあるからで、これも使用者の努力と日々の精進、スキルの知識や経験などからより高度な施療を施すことができる歓びと達成感を自身の手で実感し、それを糧にもっと頑張ろう、他の方の為にもっと安心できるような施術を目指そうと思える自己鍛練のためでもあり、それが多くの方を救うことができる唯一無二の手段だと考えれば多少の苦難は自分の力で何とか乗り越えようと思うのが施術者のあるべき姿であり、自己の鍛練をすることにより他者への支援の影響にも関わってくると私は思うのです。

 

この際だから、と申すのもおかしな話なのですが、アヴァベルではよく支援型なのにモンクでレベル上げやパーティー行動をされる方をお見掛けしますが、施術専科の私から言わせて頂くと確かにモンクは“効率”という言葉を使えばどなたから見ても優秀なものに見えます。

 

しかし、それはただ単に“楽をしている”だけに過ぎないのです。

 

アコライトさんとモンクは全くの別物です。

アコライトさんは純粋な支援と魔法攻撃などを主体とするスタイルであり、モンクはその正反対、つまり単なる“戦闘職”なのです。

 

分かりやすく申せばモンク系のスキルには“他者を回復するようなスキルがない”上、ナックルはMATKの設定値は一切なく、その上スキルは全て近接、ないし中間距離での体術と“回復の専門職”とされている“はず”の聖職者さん枠とは全くかけ離れた異端的な存在です。

 

支援を得意とするアコライトさん系と、接近戦闘を得意とする戦闘職のモンク系とでは立ち回りも全く違いますし、ましてや被弾のリスクさえ変わってきます。

 

モンクは攻撃してなんぼの戦闘職ですので、ハッキリ言えば“効率職”です。

そのため、パーティーの役に立ちたい、被ダメージが痛いなどといった理由から武具を強化する。

 

ここまではありきたりな“パーティーのメンバー”としての努力や気遣いとして問題ないでしょう。

 

しかし、問題はその後からなのです。

 

武具を強化し、モンクで慣れた後に支援に戻るとどうなるのでしょうか?

答えは至って単純です。

 

モンクで慣れたから動き方が分からない(忘れた)。

 

私からすると自業自得です。

 

支援職としての最も基礎的な立ち回りと日々の施術の精進を怠り、ましてや支援を捨てモンクとして“前線で”戦っていたのであれば尚更です。

フィールドでの支援で、モンクになった後にまともに立ち回れないなどというのはただの甘えです。

ハッキリと申します。

 

決して効率は良いとは言えなくとも、アコライトさんで地道に日々こつこつと精進と努力をすることと、モンクになって一気に楽をするのとでは、支援する際の立ち回り──つまり、“自己の管理”ができないことが多い傾向にあるようです。

 

近接と中間距離から戦えるスタイルとでは立ち回りが全く違いますので。

 

私は基本的にソロが多いので“慣れ”というのもあるのですが、フィールドで自己管理ができず倒れてしまうのは基本的に有り得ないことです。

モンスターさんは決まった攻撃やパターンはありますが、対人となると行動を完全に読むことはできない。

フィールドで倒れるということは、そういった単純な観察眼と“引き際”を見定められないために生じるのです。

 

アコライトさんはリンクヒールなど自己回復の手段があり、ましてや自分の余裕があるときにいつでも回復できますので闇雲に突っ込んで無茶して倒れるようでは基本の立ち回りをまず見直し、自分の限界と被ダメージ、周囲の状況などを確認し、知ることから意識していくと、多少は立ち回りが良くなる可能性があります。

ただし、私は“装備頼り”による施術の質の低下は嫌いですので、装備はある程度整えつつも基本の立ち回りと自己管理、そして味方への優先的な施術の行使などを常に意識しながら動くようにしておりますです。

 

ただ、私もいざという時には装備に頼ることもあるのですが、やはり忘れてはならないのは“初心の頃”、“辛くても頑張って支援していた頃”の経験を糧に、いかに日々の精進を積み重ね、そしてその中から自身の動きの質と自己管理を意識しつつ、味方のHPを回復し続けるか。

 

(フィールドで)支援をするだけなら簡単です。

自己の管理はもちろんのこと、味方をいかにして倒れないような施術のやりくりと立ち回りをするか。

 

戦闘となればまた別ですが、支援をするなら極論、自身は倒れてでも味方への施術と生存を第一に考え、行動するのが施術者としての努めです。

 

いざ支援をするとなっても自己管理ができない、ましてや味方を支援するどころか自身への施術ばかりになるようではさすがの私も考えものです。

 

装備頼りになっていたからあの頃(装備がまだ弱かった頃に回復スキルをうまくやりくりして頑張っていた頃)を忘れていた

 

ということをフレンドさんからお聞きして

 

ああ、やはりモンクになるとそのような事態になるのだな

 

と私が今まで危惧していたことが現実のものとなった事が何度かありましたので、モンクになるということは装備を強くすることによる、自己管理の感覚の麻痺には十分に気を付けないといけません。

 

この程度なら大丈夫だろう、などといった考えやモンクの癖で前線に立ったりしていて予想とは違う結果になった時、狼狽えるのは目に見えておりますのでもしモンクから支援型に戻るのであれば、私目線からの納得のいく支援をするには“装備頼り”はまず禁物ですし、必要最低限の自己管理はできていないとまともに動くことすらままならず、さらには立ち回りもモンクとは全く別物だということを改めて自覚して頂かないといつまでたっても施術の質は向上するどころか程度の知れたものになり今後のことを考えると“純粋な”支援型を目指す方への先人としての指南もレベルが低いものになる可能性すら出てきますので、施術を語るならまずモンクではなく同じ支援型で一緒になって考え、時に手本を示すというのが道理であり礼儀ではないでしょうか。

 

所詮はゲームですのでそのあたりは賛否両論ありますが、少なくとも私はそういった観点から支援職でもないモンクから指南を受ける、またはモンクの状態で指南を仰ぐなど誠意に欠けるものとしか思えませんです。

 

いろいろとずれておりますが、

 

施術とは自己のためでもあり他者へのHPへの直接的な操作と精神的な面でのケアや安心を与えたり命を繋ぐ純粋で尊いものであり、

 

立ち回りや施術の質は日々の精進の積み重ねや経験などから学び、習得していくものでありそこに“装備頼り”や“モンク”など楽をすることをして、その楽を後々に苦に変えるのも自分次第であるということ。

 

そして、

 

施術の使い方や立ち回りは分からなければ志を同じくする施術者から聞き、見よう見まねでもとりあえず同じように動き、しかしそこに“自分らしさ(オリジナル感)”をいかに出せるか、そうでないとただの“量産”型の進歩のない施術と立ち回りになってしまうこと。

 

ひとえに施術といえども、使い手の扱い方ひとつ、心ひとつ、精進の積み重ね、知識、経験、そして自己管理による装備に頼らないくらいの勢いの立ち回りなど、とても奥が深いものです。

 

そんな私も今までモンクによる弊害を危惧し、また、毛嫌いして支援型を一貫して貫き通して来れたのも、単純に施術を施すことが“好き”だから今までもやってこれたのだと、改めて思いますです。

 

“好き”でやっていなければ何をするにも苦痛ですし、身に付くはずの力や知識などもなかなか身に付かず、続けられませんから……。

 

そして、タイトルにも書いてあります通り、“伝説”とは、私からすると

 

自己管理はできて当然であり、

味方を如何にして生存させ

精神的な面で不安にさせることなく

皆揃って生還するか。

 

そんな単純なことが、私にとっては“伝説”です。

…………いえ、施術者として果たすべき当然の使命です。

 

あわよくば自身の身は省みず、味方だけでも命を繋ぐ。

 

HPの管理・操作ができる回復職は動けることが資本ではありますが、時にはその身を犠牲にする覚悟がなければ真の聖職者とは言えないでしょう。

 

……そんな私もまだまだその境地に辿り着けはしない位置におり、日々の精進をひたすらに積み重ねることでしか今は他に考えがありませんので程度が知れておりますが、それでも日々の努力はいつかその境地に辿り着き、また新たな施術の真理を見出だせることを願い、これからも頑張っていこうと思いますです。

 

聖職者さん枠で

施術(回復魔法)で人々を癒し、救う

 

単純な目的であり目標ですが、私がアヴァベルを初めて始めたきっかけを今でも忘れていないことに感謝と誇りを持っておりますです。

 

回復職は、私にとっては自覚と誇り。

私が回復職であることに悔いはありませんです。

 

だいぶ駄文やら自分の想いやらを殴り書きして長文&途中からよく分からない文章になってしまったのですが、とりあえず今回はここで切ろうかと思いますです。

 

ここまで読んでくださってありがとうございましたです(´ω`)